トラック1台から始まった会社が、60年後にホテルを持っています。宮古島の先嶋産業株式会社です。親会社の先嶋建設は今年で創業60年。その子会社として1995年に生まれた会社が、いま全101室のホテルサザンコースト宮古島を運営しています。
ただ、先嶋産業がこれから目指しているのは、ホテルや不動産といった事業を増やすことだけではありません。代表の友利博明さんがいま考えているのは、「この会社で働いた人が、どこへ行っても必要とされるような人材になれる会社にしたい」ということです。
事業を残すだけでなく、人を育てる。その考え方が、いまの先嶋産業の会社づくりにつながっています。
トラック1台から、60年

始まりは1966年です。友利博明(ともり・ひろあき)さんの母方の祖父が、トラック1台で運送会社を起こしました。最初の仕事は、製糖会社で糖蜜にしたものを港まで運ぶこと。サトウキビそのものではなく、その先の工程を運ぶ仕事でした。
そこから道路の仕事に移っていきます。道路をならす重機、アスファルトを流し込む機械。宮古島でかなり早い時期にそれらを導入したのが、この会社でした。土木工事、建築工事へと広げて、先嶋建設は今年で60周年を迎えています。
その子会社としてできたのが、1995年の先嶋産業です。最初は賃貸アパートを建てて管理する会社でした。いまも平良の市街地にその当時の物件が残っています。建てるのは先嶋建設、管理するのは先嶋産業。そういう分担です。
40年近く寝かせた土地に、ホテルを建てた
いまホテルが建っている場所は、バブルのころに取得した土地です。創業者と、当時まだ若かった先代社長(現在は顧問)が、ここに将来ホテルを作りたいね、と話していたそうです。
土地はそのまま寝かされます。実際にホテルが開いたのは2007年7月。話が出てから、40年近くが経っていました。
歯ブラシ1本から決めた

友利さんが会社に入ったのは1999年です。入社してからずっと、総務の仕事をしていました。ホテルの話が降りてきたのは、2006年の正月ごろ。先代社長に呼ばれて、こう言われます。ホテルを作るから、支配人になってくれ。
任されたのは、準備室の室長でした。ただ、会社にホテルの経験はありません。どんなホテルにするのかも、はっきりとは決まっていませんでした。超高級なリゾートホテルではない。かといって、ただ泊まるだけの安いホテルでもない。指示はその程度だったといいます。
友利さんにとって、ホテルづくりはまったくの未経験からのスタートでした。
「ホテルの知識は何もありませんでした。不安しかなかったですね」
当時の宮古島は、いまのように多くの観光客が訪れる島ではありませんでした。現在のように大型ホテルが次々と建つ未来まで想像していたわけでもありません。そこで県内のホテルを実際に見て回りながら、「どんなお客様に利用してもらいたいのか」から考えました。
想定したのは、仕事で宮古島を訪れる人や、宿泊費を抑え、その分を食事やレジャーに使いたい旅行者です。豪華なリゾートではなく、宮古島で過ごすための快適な拠点をつくる。現在のホテルサザンコースト宮古島の原型は、この時につくられました。
決めることは、それだけではありません。備品を何にするか。歯ブラシ1本どんなものを置くか。準備室は、しばらく一人でした。
「ホテルをやったことのない経営者が、やりたいという思いだけで突っ走ってできたホテルなので、まあまあ大変でしたよ」
オープンの前の年の暮れには、体を壊して仕事を離れています。一人で抱えきれる量ではなかった、ということです。
開業後も、旅行会社との契約一つとっても会社にはノウハウがありませんでした。そこでホテル営業の経験を持つ人材の力を借りました。
「自分たちにできないことは、できる人に力を借りる。そのことも、この時に学びました」
泊まらない人も、お昼を食べに来る

ホテルの1階にはレストランがあります。使っているのは、泊まっているお客様だけではありません。島に住んでいる人が、お昼を食べに通ってきます。とくに多いのが、地元の女性たちのグループです。
ランチは、安い値段ではありません。それでも何年も続けて通っている人がいます。観光のお客様で席が埋まるホテルのレストランとは、集まっている人が違います。
宮古島には宿泊施設がいくつもありますが、地域の人が日常的に使う場所になっているところは多くありません。泊まる人のための施設でありながら、島の人の昼ごはんの選択肢にもなっている。そこがこのホテルの立ち位置です。
いま困っているのは、清掃の人手

20年近くホテルを続けてきて、いまいちばんの課題は人です。清掃のスタッフが足りません。自社で採用して、ほとんどはパートの方にお願いしています。
手が足りないと、客室を整えるのが間に合いません。予約の数を制限しなければならない日も出てきます。部屋はあるのに、受けられない。
「この状況は、早めに打破しないといけない」
3時間から働ける仕事にする
友利さんが考えているのは、募集の出し方を変えることではありません。入口のつくり直しです。
清掃の仕事に興味はあるけれど、経験がないのでどうしていいかわからず、飛び込めない。そういう人が相当いるはずだ、と見ています。だから先に研修をつくろうとしています。シーツのかぶせ方、枕の置き方。ベッドメイキングを一から教える場です。
働く時間も、そこに合わせます。ベッドメイキングは一日中続く仕事ではありません。朝9時から昼12時まで。長くても3時まで。3時間から6時間の範囲で収まります。
子育てをしながら働きたい人、一人で子どもを育てている人にとっては、この時間の区切り方が入れるかどうかを決めます。その人の状況に応じて働ける環境をつくりたい、というのが友利さんの言い方でした。
友利さん自身、建築物環境衛生管理技術者の資格を持っています。この研修の仕組みを、自社の清掃だけで終わらせず、島のほかの宿泊施設にも広げられないか。いまその方法を研究しているところです。
友利さんが考えているのは、単に人を採用する方法ではありません。働く側の生活に、仕事の方を合わせられないかということです。
「会社には何十人という社員がいますが、社員からすれば、自分の人生は一つしかありません。一人ひとりの存在をちゃんと見ることが大事だと思っています」
給与や休日はもちろん大切です。そのうえで、仕事を通じて自分が必要とされていると感じられること、自分自身の成長を感じられることも、長く働くためには必要だと友利さんは考えています。
だから、清掃の仕事についても「人が来ない」で終わらせるのではなく、経験のない人が学べる仕組みをつくり、家庭や子育ての事情に合わせて働ける時間を用意しようとしています。
人に仕事を合わせる。それも、先嶋産業がこれから取り組もうとしている会社づくりの一つです。
働く人を「一人の人」として見る
先嶋産業がこれから育てたいのは、上司から言われたことだけをする人ではありません。「お客様は何を求めているのか」「自分には何ができるのか」を自分で考え、一歩動ける人です。友利さんはそれを、「主体的に考えて行動できる人」と表現します。

その考えは、日本人社員だけに向けたものではありません。先嶋産業ではインドネシアの大学生のインターンシップも受け入れています。過去に参加した学生の一人からは、大学卒業後に「もう一度このホテルで働きたい」という申し出があり、宮古島で働くことになりました。
「外国人だから人手不足を埋めてもらう、という考えではありません。その人が幸せになるための働く場所が、いまはホテルだというだけです」
ホテルで働くことそのものをゴールにするのではなく、ここでの経験が一人ひとりの将来につながってほしい。友利さんが目指しているのは、そんな人材育成です。
数字で見る
- 従業員数:20人
- 平均年齢:41.6歳
- 平均勤続年数:8.9年
- 有給休暇の平均取得実績:10.9日
- 月平均所定外労働時間:8.0時間
- 研修制度:あり/メンター制度:あり/職場見学:あり
厚生労働省「若者雇用促進総合サイト」に会社が登録している数字です(2026年9月29日更新)。残業が月に8時間、平均勤続が8.9年。宿泊業で長く続けられるかどうかを気にしている人には、見ておく価値のある数字です。
入る前に中を見ることもできます。職場見学を受け入れている会社です。
「うちにも欲しい」と言われる人を育てたい
先嶋産業には、経営理念があります。
私たちはお客様に快適な空間を提供し、地域に必要とされる価値の創造を通して、信頼し合い、尊重し合える関係をつくります
友利さんが今、特に大切にしているのは、最後にある「信頼」と「尊重」です。社員一人ひとりの存在を認めること。そして、その人が会社の中で成長できる環境をつくること。
これからどんな会社にしたいかを尋ねると、事業規模や売上ではなく、人の話が返ってきます。
「先嶋産業で働いたことのある人なら期待できるよね、と地域の会社から言ってもらえるような人を育てたいんです」
転職してもいい。独立してもいい。先嶋産業を離れた後でも、その人が地域のどこかで活躍していれば、それも会社が地域に残した価値の一つだと友利さんは考えています。
その背景には、地元企業として雇用を守ることへの思いもあります。新型コロナの影響でホテル経営が厳しかった時期も、雇用調整助成金などを活用しながら、社員やパート従業員の雇用を維持しました。
「社員には生活があり、その後ろには家族がいます。地域の会社として、できる限り雇用を守る責任があると思っています」
一方で友利さんは、これまで十分にできていたとは考えていません。人材育成や経営数字を改めて学び、会社の仕組みを見直している途中です。完成した会社ではありません。これから変わろうとしている会社です。
友利さんが目指しているのは、ホテルを経営する会社という枠を少し超えています。地域に必要とされる仕事をつくり、そこで働く人を育て、その人がまた地域で必要とされる。そんな人の循環をつくれる会社です。
「会社を長く残していくには、結局、人を育てることが一番大事なんだと思っています」
先嶋産業はいま、その会社づくりを始めています。
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