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笑顔で話す牧野さん

大阪のメーカー設計から、宮古島の塾の先生へ

休みが取れること。それがいちばんの変化でした。

牧野さん 株式会社ルート 個別進学塾ルート 講師 Iターン

【確認メモ|公開前に削除】
原本:Root 牧野さん2026-09(文字起こしのみ。記事情報シートなし)
**原本の録音が「やりがい」の質問の途中で途切れています。**そのため、この記事は「きっかけ」と「入社してよかったこと」の2章だけで構成しました。やりがいと大変なこと/制度・福利厚生/これから/最後に、の4章は書けていません。続きの録音があれば追記します。なければ、短い記事として公開するか、追加取材をするかをご判断ください。
要確認:
・お名前の表記(原本では「牧野正◯」と聞こえるが確定できず、本文は「牧野さん」としている)
・前に勤めていた塾の名前を出してよいか(本文では「前の塾」としている)
・「その塾が畳むことになった」と書いてよいか
・声をかけてくれた「先生」は代表の根間さんという理解でよいか(本文では「いまの代表」と書いた)
・胃の不調の話を載せてよいか(体調に関わる話のため、本人に確認をお願いします)
・業種の分類に「教育」がないため未設定。分類を追加するか
・取材日が原本にない
写真:8枚お預かりし、アイキャッチ1枚と本文3枚を入れました。
・後ろに別の方が写っている3枚は使っていません
・ファイル名が「牧野翔真さん」だったので、下のお名前はこちらでしょうか。本文はいまも「牧野さん」のままです
取材先の確認:未

大阪で工業系メーカーの設計をしていた牧野さんは、いま宮古島の個別進学塾ルートで教えています。前の塾が畳むことになったとき、声をかけてくれた人がいました。

きっかけ

設計の仕事をしながら、教育のことを考えていた

デスクに座って笑う牧野さん
参考書が並ぶ棚の前で

牧野さんは大阪の出身です。大阪にいたころは、工業系のメーカーで設計の仕事をしていました。ただ、教育への関心は学生のころからずっとありました。

「設計開発みたいなこともしたいなと思いつつ、教育する人って、一般的な会社に勤めた方がいいというか、そういう人がいた方がいいなと思っていたんです」

会社に勤めて過ごすうちに、転機が訪れます。父親の知り合いのつながりで、宮古島で塾をやっている人を紹介されたのです。それが、いまの塾のひとつ前に勤めた塾でした。

その塾に5年ほど勤めたころ、塾が畳むことになりました。どうしようかと考えていたときに、声をかけてくれたのが、いまの代表でした。

「うちで働かないか、という風に声をかけてくださって、ここに来るようになりました」

設計と教育。まったく違う仕事に見えますが、牧野さんの中ではつながっていました。設計では数学や物理を使っていましたし、前の塾では理数系を専門で担当していたからです。

入社してよかったこと

休みが取れる。それがいちばん変わった

パソコンに向かう牧野さん

入ってみてよかったことを聞くと、まず出てきたのは「働きやすさ」でした。具体的には、休みの取りやすさです。

前の塾では、高校生を一人で任されていました。高校生の担当が1人、小中学生の担当が1人。互いの仕事を補えないため、休むとその授業を別の日に自分がやることになります。生徒にも直接迷惑がかかってしまう。

「属人化していた、という感じですね。正直、ちょっと休みづらかったです」

いまの塾には、ほかにもスタッフがいます。先週もたくさん休みをもらったそうです。

「そういう時はみんなで助け合って、休みが取りやすい。そこはすごく働きやすいなと感じました」

働くことへの感覚が、いい意味で緩くなった

本棚を背にした牧野さん

大阪から宮古島へ。暮らしの面でも、変わったことがありました。

「大阪にいた時の生活と比べて、働くことに対する感覚が、いい意味で緩くなったかなと。あのころは、ずっと仕事のことを考えていました。そうするのが当たり前みたいな感覚があったんです」

宮古島に来て、島の人たちと触れ合う中で、いろいろな感覚に出会いました。もちろんいい面ばかりではないけれど、こういう感覚で生きる、働くというのは参考になった、と牧野さんは言います。

「たまに帰省した時に感じるんですけど、なんかみんな、疲れている感じがするんですよね」

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